屍人荘の殺人

著:今村 昌弘 発行元(出版): 東京創元社
≪あらすじ≫
神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と明智恭介は、曰くつきの映研の夏合宿に参加するため、同じ大学の探偵少女、剣崎比留子とペンション紫湛荘を訪れる。しかし想像だにしなかった事態に見舞われ、一同は籠城を余儀なくされた。緊張と混乱の夜が明け、部員の一人が密室で惨殺死体となって発見される。それは連続殺人の幕開けだった!奇想と謎解きの驚異の融合。衝撃のデビュー作!
(裏表紙より抜粋)
感想は追記からどうぞ。
≪感想≫
実写映画化が2019年12月に決まっている作品。映画の予告編を見て興味を持ったので、いろいろ悩んだけれど映画を観る前に原作に手を出すことにした。なので、読んでいる時点では映画公開前。
ネタバレを避けながら書きたいところだが、本作に限って言えばそうして感想を書くと全く意味不明なものになってしまいそうなので、ネタバレ全開での感想となるので、閲覧注意・自己責任でお願いしたい。
というわけでここからネタバレ。
ストーリーは、
大学のミステリ研究会――に馴染めず、独自に「愛好会」を立ち上げた明智恭介。事件とあらば首を突っ込もうとする彼は名前にたがわぬ推理力こそないけれど少しは事件を解決して学内に名前も売れている。そんな彼の後輩で助手を務めることとなった葉村譲は、大震災を経験しその際に頭部に残る傷痕を持つ青年だった。
そんな彼らの――というより明智の目的は、大学の映研サークルの夏合宿。「ペンションで行われる夏合宿なんて事件が起こりそう」という理由で参加を熱望する明智だったが、何度も断われ続ける毎日。そんな折、彼らの前に現れたのは正真正銘、警察に協力して難事件を幾つも解決した剣崎比留子という美女。彼女は、明智が断わられ続けた夏合宿にとある理由で映研から参加しないかと誘われていることを明かすと、自分が明智・葉村を誘う理由を尋ねない代わりに同行を打診しても良いと言ってきた。
そんな取引によって映研の夏合宿に参加した明智と葉村。やってきたのはペンション紫湛荘。そこにはオーナーの息子で大学OBの七宮ら三人の男と、映研部長・進藤が声をかけたという比留子始め美女たちが揃う。サークルの合宿ともなればコンパ的側面は否めないが、明らかに進藤によって仕組まれた感の強い人選。そして、比留子が誘われた理由――「今年の生贄は誰だ」という脅迫文が映研に送られており、去年の夏合宿後に女子部員が一人自殺していたという事実。
胡散臭さが強まる中で始まった映研の夏合宿。一方、同じころ近くでは約五万人が集まる夏フェスが開催されていた。しかし、そこでバイオテロが起こる。そこで爆発的に感染したウィルスは――人をゾンビと呼ばれるものに変えてしまうものだった。
ペンション紫湛荘にもそこから流れ出たゾンビの手が迫る。多くの仲間たちを――明智までもが犠牲になってしまいながら、命からがら紫湛荘に逃げ込み立てこもることになった葉村と比留子たち。奇しくも推理小説でいう「クローズドサークル」状態となったが、ひと晩開けると進藤の惨殺死体が発見された。ゾンビにやられたとしか思えない傷痕がある一方で、現場には「いただきます」「ごちそうさま」という人間でなければ残せないメッセージがあるという不可解な現場。
そんな事件を前に比留子は推理を開始する――いつも通りに。彼女は正義感や義務感で事件を解決してきた探偵ではなく、事件を呼び寄せてしまうと言う体質から巻き込まれた事件から自分の命を守るために仕方なく推理し事件を解決してきた探偵だった。だからこそ、彼女はいつも通り、自分の身に降りかかる火の粉を払うために推理を始め、打ち明けられた葉村もそれに従うのだが、その矢先、第二の犠牲者が現れると同時に、ゾンビたちを食い止めていたバリケードが崩れ、紫湛荘の中を少しずつゾンビが侵攻してきた。
限られた時間と空間の中で、比留子が辿り着いた推理とは――
というもの。
ちょっと長いあらすじになってしまったが、これを書かないと始まらない。やはり大きなポイントは、ゾンビと言う存在だろう。ホラー要素であり、ある種のファンタジー要素である存在を取り入れている。「非日常」と言えるのかどうかはともかく、こういった特殊な環境下を作り上げて、現代(二十一世紀)におけるクローズドサークルを生み出したわけだ。スマホの普及によってそもそもそういった状況の構築はどうしても「電波の通らない山奥や孤島」といったものに収束してしまいがちだが、そこから一つ別のベクトルに走れたという印象。
そしてそこで起きる連続殺人。そこにもゾンビという存在が絡んでいるところもさすがミステリランキング四冠なだけある。この手の特殊な環境の作品は、環境づくりだけ特殊でその内容は普通だったりすることも多いが、この作品では環境だけでなく殺害方法にもゾンビが絡むという特殊なものとなっており、「この特殊な環境・状況だからこそ成し得た殺人」という部分に仕上がっているところが本当に素晴らしい。
実は最大の驚きは、明智恭介がバイオテロ早々にゾンビに捕らわれてリタイアしてしまうということか。もちろん、あとからの奇跡的に復活なんてこともなく、むしろ最後の最後で葉村の心に傷を残すわけでもあるのだけれど(そういう意味では明智がゾンビに捕まるのは当然の流れだったのかも)、さすがに明智はもっと探偵らしいことをしてくれると思ったし、それこそ比留子と推理合戦的なことをするのかもと思って読んでいただけに、そこは良くも悪くも両方の意味で裏切られたかな。
主要人物と言う部分では、葉村、比留子のキャラクターもしっかりしていて良い。曲者ではないけれど、一癖くらいやっぱりあって、でもそこにはとても人間らしい部分もあって。葉村の過去と、彼の言動はぴったりと一致している部分があり、それが推理の大きな要因となっているし、三人以外の個々のキャラにもバックグラウンドがしっかりしている。それらを描きつつ文庫本370頁で納めているのだから、文章も上手く纏まっているし、その上読みやすい。
ミステリとしてもしっかりとしている。最初の犯人というか、犯行が偶発的と言うかなんというか、事故的なものであったということも、実はちょっとだけ描写がある(進藤が深夜少し慌てた様子をみせていた、と)し、そういう細かいところも作り込まれている。
あとはあとがきで解説されていた有栖川有栖さんも書いていたと思ったが、まさか見取り図が推理する上で決定的な証拠に繋がるなんてね(笑 この見取り図を活用出来るミステリ、案外少ないんじゃなかろうか(というのも、解説の補足に見取り図はなっても読者が決定的な矛盾に気付くための仕掛けになることは少ないと思うから)。
強いて難点を挙げるならば、このページ数ではバイオテロ・ゾンビテロを発生させた班目機関について詳細や彼らとの対決・決着と言う部分には辿り着けなかったことか。まぁ、そこまで行ってしまうと逆にこの作品の殺人事件やゾンビといったインパクトがぼやけてしまいそうだし、ほとんど触れなかったことは私は正解の一つだったとも思うけれど。
評価は、★★★★★(5点 / 5点)。実写映画化は、情報量ではさすがに落ちると思うのでそこを映像と言う媒体になってどう変わっているかが今から楽しみ。また続編はすでに単行本「魔眼の匣の殺人」として出版されている。基本文庫本しか読まないので早く文庫化して欲しいが…、それとも単行本でも久しぶりに手を伸ばしてみるべきか悩むところ。
同じ本の書評を書かれているサイト(敬称略)
・新・たこの感想文
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