赤い指

作:東野 圭吾 発行元(出版):講談社
≪あらすじ≫
少女の遺体が住宅街で発見された。捜査上に浮かんだ平凡な家族。一体どんな悪夢が彼等を狂わせたのか。「この家には、隠されている真実がある。それはこの家の中で、彼等自身の手によって明かされなければならない」。刑事・加賀恭一郎の謎めいた言葉の意味は?家族のあり方を問う直木賞受賞後第一作。
(裏表紙より抜粋)
感想は追記からどうぞ。
≪感想≫
あらすじにもあるように「家族」をテーマにした加賀恭一郎シリーズの一つ。
読者には最初から犯人が分かっている状態で、犯人一家の視点と恭一郎の甥で一緒に捜査することになった刑事・松宮の視点の二つから描かれる。
まぁ、感じ方は人それぞれかな。前述のように最初から犯人が分かっているのである種の倒叙ミステリである。そうした中で書評とは大きく趣きが異なってしまうが、自論を少しだけ書いてみたい。
家族は、極論を言ってしまえばどこまでも近い他人だと思っている。確かに医学的・科学的には遺伝子的な類似性などは認められるのだろう。ただ、人という「個体」として見た時に、ひとくくりにされるべき存在はこの世のどこにもいない。仮に自分と全く同じ塩基配列のクローンが誕生したとしても、個体として見た時にはオリジナルとクローンはそれぞれに「個」がある時点で究極的には他人でしかない。
ただ私はこれを自戒に近い意味で自論として持っている。家族を仮に究極的には「他人」だと捉えるならば、そこにはそれこそ遺伝子的にも繋がりがなく、友人や恋人でもない明確な他者と同じように相手に対する礼節や尊敬などが必要になってくる。家族相手にも――いや、家族相手だからこそ余計にそう言ったものを逸してはいけない。だから私は家族を、他人なのだと自ら認識している。
親兄妹含めて家族や親族は所詮他人だ。だが、それは有象無象の顔も名前も知らないような他人と一緒でもない。家族が他の他人と違うのは、似たような環境で共に生きていること、そしてそれを共有している時間が長く絆を持っていることだと思う。
「仕草が似ている」「食べ物の好き嫌いがそっくり」。そんなのは似た環境で育ち、特に子は親のそうした背中を観て育つのだから当たり前だ。食事にしたって親が嫌いな食べ物は基本食卓には並ばない事が多い。故に、子は親と好き嫌いが似通る。独り立ちをする前ならば、毎日のように同じ食事や生活リズムをするのだから体型だって似通って当然。
ちょっと現実味が強すぎる書き方をしてしまったが、もう少しロマンのある書き方をするならばそれは遺伝子云々ではない価値観や人生観の相続なのだと思う。時に反面教師とする場合もあるだろうが、そういったものを継承するから家族は他の他人とは少し違う。結婚によって異なる価値観や人生観を持つ者を伴侶とすることも、家族が増えることとと同時に相続すべきそういった価値観のブラッシュアップになるからこそ喜ばれている、と見ることもこじつければ出来ないこともないのだろう。
さて、自論を語るのはこの程度にして、本作。特徴的な家族の形態がいくつか出てきた。
まずは犯人一家。最後に亭主自らが語った様に、祖母を冷遇する母とそれを容認する父、そんな環境下で子供が真っ直ぐに正しい道徳観で育つかと言えば、その可能性は確かに低く、殺人の責任を親のせいだと最後に呟く息子は確かに家族と言う最も身近な他人への礼節と尊敬を欠いたあの両親を観てそだった他人(子供)なんだと思わずにはいられなかった。
加賀に暗にメッセージ送り続けた祖母。彼女のやり方が適切だったかどうかも疑わしい。三世代同居で介護をしているといえば聞こえはいいが、実質は冷遇状態。ボケているフリを辞めて訴えかけていればそもそもにこの悲劇が生まれるような状況にはなかったのかもしれないが、それはIFでしかないのか。
加賀親子、松宮親子それぞれの親子や家族としての在り方が全く違う形であった。松宮は加賀親子の在り方に最後の瞬間までは疑問を抱いていたくらいだ。それくらい、親子や家族の形と言うのは千差万別であり、一概に他人には理解しがたい部分もあるのだと思う。周りから見ればおかしいとおもえるような関係や形態であっても、当人たちからすれば当たり前だったり納得の上だったり。
そうした中で大切なのはたった一つ。「向き合うこと」なのかもしれない。家族と向き合うこと。照れくささなどもあってどうしても忘れてしまいがちであり、避けてしまいがちだ。こんなことを偉そうに書いておきながらきっと誰より私が出来ていないことかもしれない。きっととても難しいことだ。だけど、だから大切なこと。
もしも犯人一家の亭主である前原昭夫が、もっと母と、妻と、そして息子と向き合うことをしていれば…。そう思うと同時に、加賀は父親と向き合った結果としての選択があの結末だったのかもしれない。その結末の是非も個々人によってあるだろうが。
評価は、★★★★(4点 / 5点)。ミステリとして、というよりも一冊の本として考えさせられることが良い意味でとても多かった一冊に仕上がっている。
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