建築士・音無薫子の設計ノート あなたの人生、リノベーションします。

著:逢上 央士 発行元(出版): 宝島社
≪あらすじ≫
産後クライシス(?)で妻子に出て行かれた男性、サモエドと暮らす老夫婦、自宅カフェ開業を考える二人の主婦…音無建築事務所には、今日もさまざまなワケありクライアントが訪れる。天才的な観察眼を持つ音無薫子は、彼ら自身も気付いていない真の問題に、建築士として切り込んでいく。「あなたに必要なのはリフォームではなく、リノベーションです」個性的な面々が織りなす、大人気“建築”ミステリー、第2弾!
(裏表紙より抜粋)
感想は追記からどうぞ。
≪感想≫
前作好評だったらしい本作。私はそこまで高い評価はしなかったかなぁとも思ったが、自分の感想読み返したらそんなことはなかった(笑 相変わらずミステリーと言うがあまりミステリーらしいところはないけどね。まぁ、建築視点からいろいろなメッセージを発信する作品で、それにどんなジャンルを与えればいいかと言うところでなんとなくミステリージャンルになったんだろう。
今作のテーマはただ一つ。「他人を頼ること」。もちろん頼り過ぎは良くないのだろうが、人はどんな状況や関係でも一人ではやっていけない。そういうことを違うサブテーマの各章をたたき台というか土台にして描いている。テーマは全体的に統一されていて、そういう意味では構想段階からしっかりとしたテーマがあった上での作品なのだな、と感じられた。
キャラクターはより洗練されていると感じた。正直、この作品には不要だと前作感じた(あるいは不要というよりも、使い方が上手くない、か)恋愛要素だが、今作ではその辺の部分が一区切りつき、今西と怜は元恋人同士に終始してわざわざ復縁を強く匂わすエピソードがなくなったのでスッキリしている印象。
薫子が万能すぎてちょっと個性が消えた印象もあるものの、月見里の過去や経歴、想いもハッキリしたのは大きいし、そこにあまり無駄な要素を加えずシンプルに演出出来ている点は前作より大きく改善した点かな、と思う。
以下、個別感想。
【家族の骨組み、その中身】
音無建築事務所でインターン中の今西中は引っ越し先の真上階に住む青年と知り合う。一方、音無建築事務所には薫子をとある人物が訪ねていて…と言うエピソード。
まぁ巻頭エピソードとしては、この本がどういったモノなのかというものを示すスタンダードな形になっていると思う。さすがに二つの依頼が実は夫と別居中の妻というのは出来過ぎというかやり過ぎではあるのだけど、内容自体はスタンダードだと思うからとっかかりとして読みやすく仕上げた結果だろう。
【巨大な犬小屋】
子供が出来なかった老夫婦は代わりに愛犬を溺愛していた。そんな愛犬が主役の家を、と依頼された薫子は実家ではずっと犬を飼っていたという今西に「設計してみなさい」とチャンスを与える…と言うエピソード。
今西の努力と挫折という彼の若さを前面に出したエピソードであると同時に、子供がいない、あるいは自立した老夫婦の姿や子供の代わりとして溺愛するペットについてを描いたエピソードでもある。哀しみをどう乗り越えるかということと、気付きづらいけど自分の周囲で自分を支えてくれる人たちのことということを(今西の周囲含めて)良く描いている。
結末は理想的過ぎるようなハッピーエンドだが、まぁそれも短いながら下地をちゃんと描いた上でのことなのでそこまで悪いとは思わなかった。
【真似する隣家】
薫子が受けた依頼は、彼女なら滅多に受けないだろう「設計士を図面を引くための機械としか見てないような」ものだった。驚いた今西だったが、そんな薫子の基に続けてやってきたのはその隣の家の住人で、おまけに依頼もそっくり似たようなもので…というエピソード。
前述の【巨大な犬小屋】とはまた違った形で「他人が見えていない」ことを示すためのエピソードかな。半ばストーカーに近い両者に対する結末に肉親設定を持ってきたのは上手い緩和の仕方かな、とも思う(まぁ、厳密に法律を適用するならきっと犯罪なんだろうけど)。
【居場所のない自由】
かつて今西が在籍し、今も怜らがいる人気建築事務所「フルール」に盗作疑惑が浮上した。その渦中にいるのは、今西の同期である井藤。この盗作疑惑の一件によってフルールは空中分解寸前に。怜に助けを求められた薫子は、今西と、そして月見里にリノベーションを命じる、というエピソード。
薫子の助手として謎の立ち位置だった月見里の正体と経歴が明らかになるエピソードであり、同時に「人は一人では何もできないからこそ他人を頼るし、他人と共に生きて行く」というメッセージを強く込めているエピソードでもある。建築士・設計士という職業に限らず、それはどんな職業、どんな人間関係にも当てはまるのだろう。もちろん、時にはそれを拒否するワガママというのも「自分」を保つためには必要だとも思うが。
エピソード全体としては高く評価しているのだが、一点だけ不満があるとすればエピローグか。個人的には今西には薫子や月見里と同じように新生フルールの門出への参加には確固たる意思で自ら辞退して欲しかった。手先の器用さを買われたものの自分がやりたい「設計」が出来ないからとフルールを辞めて薫子の事務所へインターンに来たのが今西だ。だから過去に在籍したという部分で過去のフルールに携わった一人として手を貸すのは分かるが、これから先今西とは無縁の新生フルールへと生まれ変わる場にいる、というのはちょっと違うんじゃないかな、と。
「設計がしたくてフルールを辞めて薫子さんの事務所にインターンに来たんです。もうフルールに戻るつもりはありませんし、新しくフルールが生まれ変わるなら新しいフルールに携わる人たちで団結する方が良いんじゃないでしょうか」くらいは言って欲しかったな、と思ってしまったのだ。
あとは単純に今西に、最後のエピローグの月見里の独白を聞いて欲しかった、というのもある。この独白を聞くだけでも今西なら大きなものを得たような気がしたから。
まぁ、今西が最後に新生フルールの門出に立ち会うというのが続巻への伏線だったなら余計なお世話なのだろうけれど。
っていうか、オチとして井藤が盗用した設計図案が元フルールの溝口のものだった、というのはこれしか解決方法がなかったとはいえちょっと…。
評価は、★★★★☆(4.5点 / 5点)。最後のエピローグでの今西の選択、あるいはやや都合の良いハッピーエンドがためにややマイナス評価もあるが、全体としてとても良く纏まっていて読みがいがある一冊に仕上がっている。
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