腕貫探偵

≪あらすじ≫
大学に、病院に、警察署に…突如現れる「市民サーヴィス課臨時出張所」。そこに座る年齢不詳の奇妙な男に、悩める市民たちはついつい相談を持ちかけてしまう。隣人の遺体が移動した?幸せ絶頂の母がなぜ突然鬱に?二股がバレた恋人との復縁はあり?小さな謎も大きな謎も、冷静かつ鋭い洞察力で腕貫男がさらりと解明!ユーモアたっぷりに描く連作ミステリ7編。
(単行本裏表紙より抜粋)
感想は追記からどうぞ。
≪感想≫
いかにも公務員っぽい、お役所仕事的な態度ながらも市民の悩みをきいてはその謎を解き明かす「市民サーヴィス課臨時出張所」は、その腕にメタな黒い腕貫をした男が……という作品。
昨今流れがある日常系のライトミステリ。ただ、踏み込むときにはガッツリ踏み込むし殺人もあるので、少しばかりライトよりはミドル寄りのミステリーかもしれない。
工夫としては各短編に出てくる人間関係が実は他の短編でも出てきたり繋がったりしている点。工夫の仕方もシンプルで、それでいて他の短編で出て来たキャラをあまり前に出し過ぎないバランス感覚の良さもあって、そういった工夫がとてもしつこく感じないのがグッド。
またエピローグも完全に描かない点も特徴か。読者にその後を妄想させるという部分だが、それが「エピローグを描くのを放棄している」という感じではなく、ちゃんとどうなるかの要素を揃え、かつその要素が基本的に後味が良いようなものがあって、さらに別のエピソードで同一キャラが出て来た時にどうなったのかがだいたい予想出来るなどある種の「答え」「フォロー」がしっかりしている。
せっかくなのでエピソードごとに短文で感想を。
『腕貫探偵登場』
この一冊においてゲストキャラながら最も登場頻度の多い「蘇甲純也」に纏わるエピソード。ここにおけるスタンスが基軸と言っていいのだろう。腕貫探偵が「謎を全て解く」のではなく「ヒントを与えて相談者に解かせる」というスタンスを感じることが出来たシンプルなエピソードだと思う。
『恋よりほかに死するものなし』
その純也が想いを寄せている同級生で、実は彼女も純也を少なからず想っているという「筑摩地葉子」のエピソード。極論を言えば結婚詐欺的なものであるが、その辺がいろいろとトリックを使われている感じ。やや重めのエピローグだったが、その後の葉子を知ると上手く行ったようである。
『化かし合い、愛し合い』
他の短編と違ってやや独立した風のあるエピソード。まぁ、手癖が悪く女に対して軽薄な浮気男の自業自得と言う感じ。エピソードの作り方としては上手く、トリックも本格的なミステリで使われていても不思議ではないようなシンプルで、それでいてミスもあるものだった。
『喪失の扉』
前述の純也、葉子がゲストで出てくるエピソード。過去の殺人が暴かれる、という本作の中では割とバッドエンドに近いようなエピソードである(『化かし合い、愛し合い』も似たようなものだがあちらは男の自業自得感とややコメディチックな部分があるので)。異色であることは間違いないが、これが異色と思えるほどほかがライトということだろう。
『すべてひとりで死ぬ女』
最初の『腕貫探偵登場』で少しばかり出て来た刑事「氷見」がメインとなったエピソード。個人的にはちょっとイマイチだったエピソードでもある。私としては、完全に被害者と加害者が入れ替わったくらいのトリックを期待してしまったので、その反動が大きかった、というのもあるが……。
『スクランブル・カンパニィ』
こちらも『化かし合い、愛し合い』と同じでキャラの関連性が薄い独立したエピソード。社内でセクハラが問題となっている男性社員二人を、社内でも有名な美女社員二人が懲らしめようとしていたが、そこに全く無関係の風邪で今にも倒れそうな男性社員が加わって~という感じ。それが窃盗事件に繋がってしまうのがどうなのかと思うが、それよりも玄葉とのその後の方が気になるかな。
『明日を覗く窓』
前述の純也、葉子が再びメインとなったエピソード。トリックとしてはなんてことはなく最後に持ってくるエピソードとしてはややインパクトが弱いものの、最初の二つのエピソードで出て来た純也と葉子の再登場、そして二人の関係の進展という意味では一冊の中での前進・時の流れを感じられるエピローグが良い。
評価は、★★★★★(5点 / 5点)。サクサクと読める短編集によるお手軽さ、そうした中で過去に出て来たキャラのちょい出やその後を描くこともある関連性の高さ、基本的には勧善懲悪路線による読後の余韻の良さ、そうしたものが揃っている作品だと思う。ハードなミステリーを切望する人や数百ページを読む重厚さを求める人はともかく、そうでなくミステリー系に抵抗がない人であれば誰にでも薦められる一冊だと思う。
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