二重螺旋の誘拐

≪あらすじ≫
大学に助手として勤務する香坂啓介は、学生時代の先輩・佐倉雅幸の一人娘の真奈佳に、亡くなった妹の面影を重ねて可愛がっていた。ある日、真奈佳は一人でプールに出かけ、そのまま行方不明になってしまう。真奈佳の行方を必死に探す雅幸と妻・貴子のもとに誘拐を知らせる脅迫電話が……。啓介の物語と雅幸の物語は二重螺旋のように絡み合いながら、予想だにしない結末へと収束していく――。
(単行本裏表紙より抜粋)
感想は追記からどうぞ。
≪感想≫
『Mr.キュリー』シリーズを読んでいたことをきっかけで手に取った喜多喜久さんの最新作、かな(文庫本としては先月刊行だったはずなので。もしかしたらそれ以前に単行本とかで出ているかもしれないけど)。
内容はミステリー。ただ、『Mr.キュリー』ほど化学としての知識や要素はない。舞台としてはそういった研究(今作では薬学系だが)をしている人たちが主演となってはいるけれど、そこには正直さほど意味は見い出せなかった。
主人公の一人である香坂啓介が、誘拐犯に狙われたきっかけにはなったとは思うけど、それくらいかな。特に佐倉雅幸のエピソードに関しては、一応の納得はしたものの大きな必要性というのは感じなかった。そういう意味では、舞台設定や現在も大手製薬会社で研究員をしている著者の喜多喜久さんの強みを『Mr.キュリー』ほど活かせた作品ではないのは確かだろう。
ミステリーとしても「謎を解く」というよりも「事件の真相で魅せる」という感じになっていて、『Mr.キュリー』とはやはり趣きが異なる(なので先日読んだ綾辻さんの『霧越邸~』っぽい感じ)。これが、出版社が違うことや別作品であることを意識して意図的にやったことやチャレンジしたことなのか、そうでないのかというのは判断が読者によって分かれそうではある。
ただ謎そのものは面白かった。結論をさっさと書くと「十一年前の狂言誘拐と現在の誘拐事件を読者にどちらも同じ時間に起きているものと錯覚させる」(一応伏字。反転すると読めますがネタバレ注意)やり方は読み終えた後に凄いと思った。
最初読んでいると「真奈佳が誘拐され、その犯人は実は香坂だったはずなのに、その香坂の下からさらに真奈佳が誘拐されて多重誘拐状態となった」という感じで漠然と読んでいただけに、そのどんでん返しで「実は別々の事件だった」という衝撃は大きかった。たぶん喜多さんもそういう風に読者が読むだろうなと言うことを想定しての構成だったはずなので、この辺は伊達に二足の草鞋ながら多数の出版社で小説を刊行しているのではないのだと脱帽した。
そして何より読了感が良いのは、喜多さんの大きなアドバンテージだと思う。巻末の批評でもその部分が一つ評価されており、たぶん喜多さんのそのほかの過去作品でもそうなのだろう。
「浮気をした妻が浮気相手と一緒になるためにやった狂言誘拐と見せかけて、その裏にはその妻を共犯に巻き込んで罠にハメて責任を押し付けようとした黒幕がいる」というのも良かった。黒幕自身の想いが書かれたところはもちろんそうなのだが、やっぱり「浮気も何も全て妻が黒幕に言われて行ったせい」というのも、その後のエピローグでの幸せそうな感じも良い。
最後の恋愛要素に関しては人によって評価が分かれそうなところだが、個人的には光源氏的な感じでこれはこれでアリかなとは思えた。
評価は、★★★☆(3.5点 / 5点)。終盤における展開やエピローグの幸福感などは多くの人が認められる部分だとも思うので、 序盤から中盤をどう読めるかが評価を分けるだろう。それぞれの性癖だったり重い過去だったりと、とにかくそれぞれのキャラが抱えているものがいちいち重すぎるとは思った。ミステリーの謎として使う部分でもあるので仕方ないといえば仕方ないが……。
あとは批評にも書いたように喜多さんの強みやアドバンテージはそこまで活かしきれなかったかなとも。
とはいえ、評価の通り、佳作と秀作の間くらいの良い出来だとも思う。喜多さんの作品を好んで読んでいたり、あるいはハッピーエンドなミステリーを好んだりする方にはおススメ出来るはず。
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