花工房ノンノの秘密 死をささやく青い花

≪あらすじ≫
札幌の小さな花屋「花工房ノンノ」―ノンノはアイヌ語で花―で働く山下純平は、幼い頃に巻き込まれたガス中毒事故で母親を亡くしている。その際、純平が臨死体験で見た景色を、同僚の細井がある動画サイトで実際に見たことがあるという。それは青から赤に変化していく花畑の様子だった。二人はその動画サイトを検索するが、すでに削除されていて―。不思議な花をめぐるミステリー。
(単行本裏表紙より抜粋)
感想は追記からどうぞ。
≪感想≫
『このミステリーが凄い!』大賞関連作品である『コレクター~』の著者。前作『コレクター』を絶賛した私なので、思わず書店で見つけた時はそのまま衝動的に手に取った。
話の内容は、北海道を舞台に花屋というあまり目にしない職業を下地に描くファンタジー気味のミステリー。とはいえ、前作と比べればファンタジー的な要素は実はほとんどなく、科学的なミステリーとなっている。そういう意味で、アプローチの角度は前作よりも良くなっている、と言えるのかもしれない。
一方で前作と変わらない部分もちゃんとある。
まず読みやすい。ほかの著名な方の文庫本とかを読んでいると、比喩表現というかそういった遠回しな表現が少なくない。それを使うことで、より読者のイメージ力を刺激して伝えたいことを膨らませるのだろうが、そう理解している一方でどうしても読みづらさ、みたいなものは私みたいに文学に強くない人間は感じてしまう。
そういう意味で非常に読みやすい。前作もそうだったが、とにかくサクサク読めて内容が頭に入る。これは語り部となっている主人公の青年も良いのだろう。前作では高校生で、今作は大学生。どちらにも言えることは、思春期の主人公の割に(?)強い癖がないことだ。それ故に、地の文や語り草にも癖がない。オーソドックスというか、基本的にきちんとした標準的な表現と言葉で描写されているのが大きい。
無論、その分だけ周囲のキャラクター――特に謎解き役となった前園のキャラクター性は非常に濃くてインパクトがある。この辺の主人公と謎解き役や主人公以外の主演たちの個性を強める手法は、これからもこの作者さんのアドバンテージとして活かしていってほしいところである。
ミステリー要素に関しても「花」をモチーフないしテーマとしている部分が随所に見えるのは、舞台が花工房(花屋)となっている意味を感じられて良い。タイトルや舞台を特異な環境に設定しておきながらそういう部分を感じさせない作品も少なくないし……。
また、おそらく深津さんの持論や私論だと思うのだが、「花」に関する考え方も面白い。中心人物の一人である絵里子が花屋を営む上での苦悩に対して「人が花を愛でるように、花もまた人を利用して種の維持と繁栄を行っている、共存共栄の関係」(意訳)というのは賛同できる。というか、絵里子のその疑問が描写された時、私の中で真っ先に出た結論がコレと同じだったのだ。そういう部分も含めて、たぶん深津さんの執筆される作品とは波長が合うのかもしれない。
ただ手放しで称賛出来るかといえばそうでもない。前作ほどではないが、やはりミステリー要素になるとかなり弱い。まず謎を解く過程やアプローチの大部分がカットされてしまい結論を述べるだけの終盤になってしまっている点は、私からすると前作から続く大きな弱点だ。
途端に視点が過去の人に代わってその独白で謎解きされてしまった前作と比べればまだマシではあるものの、中盤に突発的に出て来た前園が探偵役として謎をあっという間に解決してしまうのはミステリーとしてはやや苦しさを覚える。せめてもっと序盤から前園が出ているとか、前園が実は主人公の山下順平とも知り合いだとか、そもそも前園を出さずに探偵役を聡明な細井にやらせるとか、もっと手法はあったと思うだけに「中盤にポッと出の探偵キャラがあっという間に問題を解決してしまう」という手法を選んでしまったことには疑問が最後まで残った。
またエピローグの描き方は前作よりも拙いかな、と思う部分もある。ページ数の都合でこれ以上のエピローグを描けなかったのかもしれないが、結局三角関係っぽくなってしまった順平・絵里子・細井のその後は読者ならもっと何か知りたかったんじゃないかな、と。まして順平は細井の気持ちを前園の推測とはいえ知ってしまったわけだし……。無論、続編があるのなら話は違うのだけど。
キャラクターとしては、さっきも挙げたように主人公の無個性っぷりが良い方向に働いたと思う。ただ、ちょっと鈍感すぎるかな、とは思ったのは少しマイナス。
他のキャラクターは前園以外は常識人を中心に配置しながらも、キャラの個性が重ならないよう配慮している。特にヒロイン役の絵里子、細井それぞれにしっかりと見せ場というかその手のシーンがあったのも配慮が行き届いている(そこまで配慮しているならエピローグも、と思わなくもないが)。
ただ絵里子も、その父も、前園も頭が上がらないような「母親」の存在が終始明かされなかったのはどういう意味なのかな、と。続編があるとすればその辺で使いたいネタなのかな?
続編でいうと、実は前作キャラが出ているのが今作の特徴。前作でマドンナ役だったナオミ先生が、前園の大学の先輩である。前園が「昆虫の擬態を分子生物学のアプローチで~」という部分がそれだと思う。前作を引っ張り出して探してみたが、ナオミ自身が自分の専攻を同じことを言っていたし。
一応、世界観としては繋がっている、ということなのだろう。まぁ、ただ作者の遊び心なだけで、最終的に今作と前作のキャラが顔を併せて何かをする――まして謎を解く、ってことはないだろうけど。
評価は、★★★★(4点 / 5点)。本としての完成度は前作に勝るとも劣らない。ただ相変わらずミステリー部分の薄さというか弱さはどうしても気になってしまうし、エピローグの良くも悪くも読者丸投げな終わり方や探偵役・前園の使い方ももっと改善の余地はあると思う。ただ読みやすくて素晴らしい一冊であることに違いはない。
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