特等添乗員αの難事件V
- ジャンル:[小説・文学]
- テーマ:[Qシリーズ(松岡圭祐)]

≪あらすじ≫
“閃きの小悪魔”と観光業界に名を馳せる浅倉絢奈。ラテラル・シンキングを操り、トラブルから難事件まで解決する彼女に1人のニートが恋をした。しかし、男は有力ヤクザが手を結ぶ一大シンジケート、そのトップの御曹司だった!!職場で孤立し、恋人・壱条那沖にも心を委ねきれない絢奈に、金と暴力の罠が迫る。仕事と恋、2つの危地を乗り越えられるか?人の死なないミステリ最高峰、書き下ろしαシリーズ第5弾!
(単行本裏表紙より抜粋)
感想は追記からどうぞ。
≪感想≫
『Q』シリーズの外伝としてすでに十分確立された『α』シリーズの第五弾。
ストーリーは上記のあらすじ通りといえばあらすじ通り。ただ、どちらかといえば「恋のライバル登場」「ラテラル・シンキングの別の使い手」という部分がベースにある点は、実は第四巻とあんまり大差ないのが現状だ。しかしながら、前巻よりもその二つの要素はむしろ洗練されていたのは著者の習熟の証と捉えるべきか、あるいは余計に前巻のひどさを鮮明としてしまっただけなのか。
物語としてはそんなに悪くない。一冊の単巻としても十分面白いと言える。
しかし、一巻から三巻までの出来がかなり良かった分だけどうしても比較してしまうし、それらと比較すると粗も決して少なくない。
例えば絢奈の職場内孤立は今更持ち出すには少々タイミングを逸していた気がする(もっと早い巻の方が効果的だっただろう)し、そもそも作中にもあったように以前から出ている絢奈の先輩添乗員がいる以上それが起きていることがどうなのか、とも思ってしまう。
また、実は『α』シリーズの意図的な演出なのか無意識の欠陥なのかは分からないが、シリーズ全体を通して問題を先送りにするケースが多々ある。壱条家の価値観で絢奈を振り回す那沖が代表的なものだが、あらすじにもあるように「那沖にも心を委ねきれない絢奈」は結局最後まで変わらなかった(絢奈が那沖にちょろっと打ち明けたのはもう絢奈の中では問題が解決しつつあり、絢奈の外でも流れは変わっていてから)。
「問題が発生しても、パートナーに気付かれず自分が我慢すれば(頑張れば)良い」というのは、最低の行為だろう。それをするということは、ほかならぬパートナーを他の誰よりもその人は信用していないという裏返しだ。つまり、絢奈は真の意味で那沖をこれっぽっちも信用してないということ。「いやいや、愛してるから心配かけたくないんだよ」と思う人や反論する方もいるだろうが、私から言わせれば「自分や互いにとってマイナスなことほど打ち明けられてこその信用であり愛情ではないのか」「問題が起きた時ほどその問題を共有出来ない程度の低い信頼関係で愛してるなんて言えるのか」と思う。そういう意味であらすじでも「心を委ねきれていない」と書いているはずだが(まぁ、この文言を作ったライターは著者ではないのだろうが)、結局その問題点は一切解決せずに終わってしまっている。それはどうなのかな、と。
そして、一番重要なのはこのシリーズの要であるラテラル・シンキングが弱っていること、だろう。「小賢しいこと」「ずる賢いこと」を全てラテラル・シンキングに結び付けてしまっていて、ラテラル・シンキングとそれらの違いが巻を重ねるごとに希薄化している。特に四巻、五巻とラテラル・シンキングの悪役が出て来たことでそれは余計に助長されているのだ。「ずる賢い発想」が全てラテラル・シンキングではない。ロジカル・シンキングでそういった類を思い付き計画する犯人だって山ほどいるのに、そういう扱いになっていることが同時にラテラル・シンキングの足を引っ張っている。
絢奈の発想もラテラル・シンキングと読んで良いのか怪しいようなシーンも増えており、「ただの思い付き」ではなく「水平思考(ラテラル・シンキング)」として描くバランス感覚を欠き始めているのかもしれない。
キャラクター面はいつも通り。だがいつも通りなことが少しマンネリ化を生んでいるのかな、とも思う。絢奈は毎巻序盤で落ち込んでは中盤以降立ち直るということを繰り返しているだけで、そろそろメンタリティも十分鍛えられ落ち込まずに最後まで行くような展開があっても良いのではないか。
那沖は今回出番そのものの絶対数が少なく、特に出番はプライベートな場面に限られていたこともあってこの巻の印象は良かったと思う。
意外と嫉妬心みたいなものを出したのは能登先生、かな。そこは評価が分かれそう。
評価は、★★★(3点 / 5点)。前巻と比べれば十分に面白いし光る部分も多い。ただ、粗もないわけではないので、そこは人によって評価が分かれるかもしれない。
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