鷹野鍼灸院の事件簿

≪あらすじ≫
新米鍼灸師の真奈が勤める鷹野鍼灸院は、院長・鷹野と助手・真奈の二人だけで切り盛りしている。しかし鷹野は往療ばかりに出て、実際は真奈がひとりで対応することが殆ど。ある日、安産の灸を受けにきた史恵に真奈が施術をしていると、史恵の夫が施術をやめてほしいとやってきた。不審を感じた鷹野は、史恵を診て、あることに気づくが…。おとぼけ鷹野と真奈が織り成す鍼灸ミステリー、開院!
(単行本裏表紙より抜粋)
感想は追記からどうぞ。
≪感想≫
宝島社文庫の『このミス』大賞シリーズの一冊。タイトルからして分かるように鍼灸院を営む人による推理とはどのようなものかと思って手に取った。
内容としてはイマイチと言わざるを得ない。推理という推理はあるようでないに等しく、鷹野がアブダクションと言って事実を言い当てるだけ。確かにそこにはいろいろと根拠になるようなこともあるのだが、それは根拠と呼ぶにはやや決め手に欠くようなものもあり、果たしてそれだけでそこまで言えてしまうものなのかと思ってしまう。
さらに推理や事件で鍼灸が大きく関与しているケース、というのがあんまりない。もちろん題材になっている以上、鍼灸
や鍼灸院を軸にストーリーは回っているものの、それが鍼灸がテーマじゃないと出来なかったほどのものかと問われるとちょっと厳しいかな、と。
これはこの作品に限ったことではなく、古くから他の作品に埋もれないよう独自の設定を自らの作品に組み込むのは定石だ。それでも古くは探偵だったり、刑事だったり、少し異色だと検事や弁護士といったそれなりに事件に関与できる立場の設定を与えられることが多かったが、昨今はそれをも上回る毛色の違う職業を主題に据えながらミステリーを描くケースも多い。
例えば、『タレーラン』でいえばバリスタ、『Qシリーズ』でいえば鑑定士みたいな具合に。それが良いか悪いかというのは一概に言えないものの、面白い試みであることに違いはない。
しかし、それが作品としても面白くなるかどうかはその職業をしっかりと活かせたかそうでないかに尽きるのではないだろうか。
単純に珍しい職業で、その業界について専門用語並べたり業界の動向について書いたりしてソレっぽくしていても、いざ事件が起きてその解決に至るまでの間に、その職業だからこそ出来ることやその職業だからこそわかったこと、みたいなものが出て来なければ、それを活かせたとは言いづらい。
そして、それはたぶんとても難しいことだ。ミステリーを作ってそれをストーリーに組み込み落とし込むだけでもきっと想像を絶するほど大変なことのはずなのに、その土台にさらに特殊な職業を組み込んでそれを活かせるようになっていなくてはいけないのだから。
つまるところ、珍しい職業やら珍しいことをすえるとそれだけハードルが上がるということ。それを超えられなければ、当然だけどその作品の評価は低くなる。無論、完璧にその職業であることを活かして描ければ普通に描くよりも評価は高くなるだろう。要するにハイリスク・ハイリターンなんだと思う、この手の設定は。
で、残念だけどこの作品は鍼灸という題材をそこまで活かせたのかと問われれば、私はNOと言えてしまう。鍼灸であれこれ語るシーンの多くは日常パートで事件にはかかわってこない。関わって来るのは鍼灸の先生や、鍼灸の学校が舞台になった時くらいか。それでは厳しい。
殺人のないミステリーはすでに『タレーラン』『Qシリーズ』ですっかり慣れているためそのこと自体を非とするつもりは毛頭ないが、かといってこの作品は一人くらい殺人があっても良かったんじゃないか、と思えてならない。
逆に言えばそれくらい、ミステリーとしてはインパクトがない。謎解き要素は薄っぺらく、日常シーンの描写ばかりつらつらと並んでいるだけではね。
キャラクター面では壮絶な過去を持つヒロインと、飄々とした主人公の組み合わせ。特に恋愛になることもなく淡々と描かれていたのは良かった。あくまで師匠と弟子(っぽい)というところに終始したのは良かった点だろう。一つだけ苦言を呈するならば、鷹野の過去はそこまで明かす必要があったのかな、というくらいか。鷹野の離婚と子供がいることが、例えば謎解きにおいて必須だったとかならまだしも、必ずしもそうではなかったのだから蛇足だったとしか思えない。
あと良かった点は、文章は鍼灸についてとにかく詳しく書かれていることかな。詳しくといっても、専門用語をずらずらと並べているわけではないので鍼灸についてほとんど知らない私でもサクサク読めたし、いろいろと勉強になることも書いてあった。そういう意味で文章力というか、専門用語が多いであろう鍼灸の世界観を説明する語彙力や説明力は高いな、と感じた。
評価は★☆(1.5点 / 5点)。先にもあげたように『このミス』大賞シリーズであることを考えると謎解きは甘く、インパクトは弱くて、タイトルの「事件簿」とは裏腹に事件と呼べる事件があったのか疑わしいほど。これなら『鷹野鍼灸院の業務日誌』くらいのタイトルでミステリ色を弱くした方がまだ内容に合っていた気もする。
ただ鍼灸に詳しい人や興味のある人なら+1~2点くらいの評価で考えてもらっても良いかな、とも思う。ミステリに期待するのではなく鍼灸の物語を読む片手間でなんか事件が起きてる、程度に読みたい人がいればおすすめしても良い。
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