万能鑑定士Qの短編集I
- ジャンル:[小説・文学]
- テーマ:[Qシリーズ(松岡圭祐)]

≪あらすじ≫
「面白くて知恵がつく 人の死なないミステリ」決定版!! 1冊でひとつのエピソードでは物足りない皆様へ、そしてシリーズ初読の貴方へ。最高に楽しめる珠玉の傑作エピソード群登場! ──代官山の質屋に出向してきた鑑定家は、弱冠23歳の凜田莉子。店長による調査では、高校まで万年最下位、就職活動でも周囲をあ然とさせた天然美女。だが莉子はいまや、依頼品にまつわる謎という謎を解明しうる“万能鑑定士”となっていた!
(単行本裏表紙より抜粋)
感想は追記からどうぞ。
≪感想≫
本来なら「推理劇」はまだIIIとIVがあるのでそちらを読むべきなのだが、やはり刊行順に読むべきではないかと思い立って、急遽「短編集」に立ち寄り。普段なら時系列など気にはしないのだが、短編集の時系列はおそらく本編十二巻前後から推理劇一巻の間といったところか(11巻が夏、12巻が秋、推理劇1巻が年末年始で本作が秋という季節的なところと、莉子と悠斗の恋愛模様の進展具合から推察すると)。
内容はあらすじ通り、莉子が質屋に長期出張に出てその質屋で起きる五つの事件。
短編集とはあるものの、一冊を通してやりたいことがしっかりとしてさらに筋が通っていて良く纏まっているのが全体的な印象である。下手な本編シリーズよりもずっとしっかりしているので読みやすいし面白い(苦笑
そのやりたいこと、というのが本編ではなかなか出来なかった恋愛模様を軸としたストーリーなんだろう、と思った。小笠原の登場からそれは加速し、あとは「質屋へ出張」ということを名目にほぼ恋愛模様に終始するという形。莉子の心境も「自分の店ではない」という環境の違いによって生まれた変化と解釈することも出来る。
思えば、本編では莉子ばかりがモテるのが本作だった。描写を見る限り、悠斗も相応のイケメンのはずなのだがそんな設定がちゃんと本編の中で垣間見れたのは、せいぜい莉子がファッション誌の第二秘書になった時の第一秘書くらいか。まぁ、それくらい悠斗のイケメンっぷりを凌駕するくらい莉子が美人なのかもしれないけど、やっぱりそれだと物語として均衡は保たれていないな、とはシリーズ14冊をすでに読んできていて常々思っていたことだった。仮にこれで悠斗がイケメンでも何でもなくて、莉子との関係が「ビジュアル的にも相応に似合う二人」ではなく「月とスッポンみたいな二人」だったのならそれでも良いのだろうがw
加えて莉子が劇中で自ら指摘したように、彼女も、そして私たち読者も毎巻登場する悠斗のことを何も知らなかった。知っているのは小笠原悠斗という青年が週刊角川の記者で、就職祝いにオメガを買ってもらってそれを愛用していて、フットサルでは社内でエース級の期待を寄せられている、ということくらいだろう。
それ以外は何も知らない。莉子に関しては高校時代から今に至るまでの過去も、出身地も、家族構成も、過去の恋愛も知っているのに、悠斗に至っては出身地、家族構成、卒業してきた学校、過去の恋愛遍歴すら知らない。
まぁ、それを出す必要性がなかったと言えばそれまでなのだが(もちろん悪い意味ではない。「小笠原悠斗」にとって大切なのは今であり、未来であり、莉子の存在ということに終始するなら終わってしまった過去に意味などないだろう)。
そこを取り上げたのがこの短編集となった。彼の過去も、家族構成も、出身地も、そして過去の恋愛も描かれている。ようやく悠斗もちゃんとスポットライトが当たるようになったか、というのが妙な感慨深さがある。
さて、キャラクターとしては先に上げたように悠斗が軸になっているといっても過言ではない。彼の家族の登場、家宝に纏わる事件から始まり、過去の恋人の出現とそれに伴う莉子の嫉妬と繋がっていけばこの巻にいえばしっかりと彼は主演を果たしている。
また単純に出番があるだけでなく、ちゃんと良いシーンもある。莉子が質屋の若頭・直哉と二人でいて逃げ出したシーンも悠斗は邪推などせずちゃんと莉子を信じていたし、その先を見抜いた感謝を言葉で告げてい。この「信じる」ことが出来ているのが、悠斗にとっては成長であり莉子に寄せる想いの強さの暗示なのだろう。加えて紆余曲折はあったが莉子に「お互いのことを今後はもっと知っていこう」とも、かつての恋人に自分の口で別れも言えた。
でもまぁ、だけどまだ告白はしてないんだよね、きっと(苦笑 そこが莉子に「将来を考えるとちょっと」と言わせてしまったところなんだろう。別に彼の頼りなさのせいとか、年収とかじゃないと思う。ちゃんと自分への気持ちを適したタイミングで言葉にしてくれない悠斗の、決断力みたいな部分への不安なんだろう。
一方でその莉子は結構、粗が見えたというか人間味が強いというか今まであまり焦点の当てられなかった莉子の欠点みたいなところが浮き彫りになっていたのが面白い。
例えば、積極性のある行動力は同時にリスクマネジメントが出来ていないという欠点でもあるし、推理で真相を明らかにした後に犯人がどんな行動を取るかという部分へのイメージ力の欠如と詰めの甘さ。
具体的には、周囲に被害を出さないためにと彼女はちょくちょく単身で犯人と対峙してしまう。性善説がベースにある彼女からすれば、どんな悪事を働いた人間でもちゃんと真相を明らかにし誠心誠意説明すれば分かってくれるし乱暴はしないと思っているのだろうが、今回はそうではなかった。
今回は間一髪で悠斗と直哉が救ったものの、この辺りの迂闊さというのは当面――あるいはこのシリーズが終わるまでずっと彼女に付きまとう弱点なんだろうな、とは思った。
実際に、この巻でも、あるいはすでに感想を挙げている推理劇IIでも犯人を指摘し追い詰めながらも逃亡を図られあと一歩のところで取り逃がし目的を果たせずに失敗するところだったわけだし。
今までのシリーズだと莉子は良いところが、悠人は情けないところが出てくるのが多かったがそれが逆転したのも面白い変化だったのかもしれない。
ゲストキャラの直哉は、妙に悠斗と莉子の恋愛を応援するなと思っていたら既婚者だったか。ミスリードを誘うような伏線を幾つか配置されていたので、これはちょっとやられたかな。(こう書くと失礼かもしれないが)真っ当な既婚者なら納得の応援っぷりだと思えたw
評価は★★★★★(5点 / 5点)。短編集という扱いは勿体ないほどの出来(まぁ、実際に本一冊として観ると「やりたいこと」は良く纏まっているが、全部が一本の線で繋がっているかといえばそうではないので「短編」という名称が妥当なのだろうが)。シリーズを読んでいることが前提になるし、恋愛模様がメインなのでQシリーズとしては異質なのかもしれないが、私は屈指の出来だと推したい。
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