残留思念(サイコメトリー)捜査 オレ様先生と女子高生・莉音の事件ファイル

≪あらすじ≫
大学での講義のかたわら、付属女子高の非常勤講師を任された渋谷一樹は、以前、暴漢から助けた生徒・二ノ宮莉音と思わぬ場所—誘拐事件の関連現場で再会する。旧知の間柄である警視庁捜査一課の今尻によれば、莉音は催眠状態で“空間に残された思念”を読み取る能力をもつという。心理学者として催眠導入もできる渋谷は、莉音とコンビを組み、世間を震撼させる連続誘拐事件の謎に迫るが…。
(単行本裏表紙より抜粋)
先の『タレーランの事件簿』シリーズと同じで『このミステリーが凄い!』大賞の隠し玉作品。サイコメトリーという、すでに珍しくもないネタをどう料理していくかが、読む前は楽しみにしていた。
さて、その中身はというと……。
感想は追記からどうぞ。
≪感想≫
結構面白かった。ミステリーとしての完成度がどうかというのは、なかなか素人目には難しいところもあるが、サイコメトリーという「手品」を使っている作品の割には、ミステリーとしてしっかりと読めたし、読ませてきたという印象が強い。
作家の特徴なのか、事件や何気ないことに「主人公たちの意見」ではなく「作家の持論」が出てきているのはとても良かった。PCの遠隔操作、死刑に相当する犯罪者の責任能力の有無をめぐる部分、個々人の”個性”についてなど、その都度作家さんの想いというか、考えがしっかりと書かれていることが好印象。昨年夏発売されたことなどをいろいろ踏まえれば、タイムリーなネタもあり、風刺というか時事的なネタをうまくフィクションの作品に落とし込みつつそれについて自分がどう考えているかを登場人物たちの口や声を通して描けているのはすごいところ。
また、応募当初に指摘されたらしいのだが、警察の捜査手順なども読めるレベルにまで修正されていて、あとがきでも書かれているように、万能解決ツールで終わってしまいがちな「サイコメトリー」に対して科学的、ないし論理的思考からのアプローチがちゃんとされているのもよい。
一方で、あそこまで細かいところでは原作者として作家が伝えたいことを描きながら、全体を通して作家がこれを読んでいる読者に何を伝えたいのかが見えてこないのが残念。
一個人でいえば、この作家さんとは価値観が似ている部分があったと思う。先にあげた現実社会でも問題になっていることに対する見解は近いものがあるし、「サイコメトリーも、催眠も個性。計算が早くできたり、うまく絵が描けることと一緒」という「個性」に対する意見は同意出来る。
だからこそ、もっとこう、これを読む人に伝えたいメッセージがダイレクトに伝わるものでもよかったのではないかと思ってしまうのだ。
振り返ってみれば、この作品、結局みんな常識外れというかキチガイというか一般的な感性から外れているキャラクターばかりだ。主人公の一樹は結果としてその善し悪しは分からないが殺人犯を見逃しており、ヒロインの莉音は抱えている過去を考えると天然では済まないほどおかしな娘だし、今尻とかいう刑事も、拓海という莉音の兄もとにかく出てくる主要なキャラクターの多くが常識や普遍性、一般的というものからは逸脱している。
それが悪いということではない。
ただ、そうやって逸脱しているキャラクターばかりの中でどういったことを結論として導きたかったのか、というのが見えてこない。
読み物としては面白いもので刊行に値するものだったかもしれないが、芸術というか一つの作品としては「じゃあ、これを通して何を伝えたいの?」というのが全くない。
あとは、恋愛要素の必要性がどうしても感じなかった。というか、27歳のいい年した大の大人の青年が自分の感情ひとつなかなか認識しないのもどうなのか、と。そこだけは主人公に共感出来ない部分だったかなぁ。
恋愛要素を、ヒロインの過去へ足を踏み込ませるためのきっかけや架け橋にしたかったのだと思うのだが、そんなことをしなくても特に問題はなかったんじゃないかな、と。しかも恋愛要素のシーンになるとキャラの言動があまりに変わる点もよくない気がする。
どうしても恋愛要素を持ち込みたいならもっとハッキリさせた方がよかったかも。先にもあげたように、主人公は27歳の、しかもモテるイケメンだ。応募時はもっと甘い恋愛要素だったらしいが、こんな曖昧にぼかすくらいならハッキリと口にしてハッキリさせた方がよかったような気がする。
評価としては★★★(3点/5点)。最後に書いたように、無駄のようにも感じる恋愛要素やキャラの甘さなどはあるものの「読み物」としては面白いし、エンターテイメントとして考えても十分なものだ。ただ、そこから芸術性をくみ取ってメッセージ性を感じ取る作品としては苦しいか。
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